ヘラクレスの塔は、2世紀ごろに建築された灯台である。トラヤヌス(在位98年-117年)の時代に建築あるいは現在の姿に近い形で改築されたとされている。もともと、ヘラクレスの塔の基礎部分は、フェニキア時代のものである。ヘラクレスの塔は、アレクサンドリアの大灯台をモデルに建築されたと考えられている。塔の基礎部分にあるコーナーストーンには、 MARTI AUG.SACR C.SEVIVS LUPUS ARCHTECTUS AEMINIENSIS LVSITANVS.EX.VOというラテン語で、ルシタニア属州アエミニウム(現在のポルトガル・コインブラ)出身の建築家であるガイウス・セヴィウス・ルプスがローマ神話の神であるマールスにささげる文章が残る。
2世紀からヘラクレスの塔は、灯台としての利用がなされていることから現存する最古の灯台であることは確実である。灯台の頂には光源であるランプが置かれ、夜には煌々と光を周辺にもたらしていた。
ヘラクレスの塔に関して、2番目に古い記述は、415年から417年にかけて、パウルス・オロシウス(en)がHistoriae adversum Paganosに書いた記述である。
1788年、新古典主義建築の装いを与えられる形で、ヘラクレスの塔は、改築が施された。4層21メートルの高さになった。この改築はカルロス3世の統治時代であり、海軍の技師であるEustaquio Giannini によって、改築の指揮がなされ、1791年に完成した。この改築により、ヘラクレスの塔は、ローマ時代の状態を残しつつも、中世ヨーロッパの石造部分も持つ灯台へと変貌した。
ローマ人は、スペインを征服した際に、ここが地球の果てと考えていた。そのことは、Finisterraという言葉で比喩されている。この地域は、難破が頻発する地域であり、「死の海岸」を意味するCosta da Morteという悪名がつくほどであった。
— ヘラクレスの塔 - Wikipedia (via petapeta)